赤煉瓦ネットワーク2006日南大会参加報告 世良孝氏
 赤煉瓦ネットワーク2006日南大会が11月11日(土)、12日(日)に宮崎県の日南市で開催されました。舞鶴からは馬場理事長他4名が参加しました。会場のテクノセンターには、赤煉瓦建造物の保存活動をしている人たちが全国から約100人が集まり、赤煉瓦の建造物を生かした町づくりの事例報告や意見交換がなされました。日南市油津には文化庁登録文化財の建造物が5件あります。
 油津赤レンガ館と杉村金物本店倉庫がレンガ造で大正時代の建造です。木造建屋では、江戸時代に建造され大正時代に増築された旧河野宗泰家母屋と昭和初期の杉村金物本店主家があります。3階建の杉村金物本店主家は縦長の窓、石張り風の窓枠、銅版で覆った外壁の外観と、ひときわ目立つ存在です。これら4件の建物は油津の一画に集まっており、「油津みなと街づくり」の中心となる建造物と位置づけられています。5件目は、油津を流れる堀川運河に架かる石橋アーチ橋の堀川橋です。通称「乙姫橋」とも言われるこの橋は、台風に弱い板橋から明治36年に架け替えられました。堀川運河は上流から飫肥(おび)杉を筏流しで曳いて油津港に出していた重要な水路でした。映画の寅さんシリーズ第45作「男はつらいよ青春編」がこの「乙姫橋」を中心に撮影されています。
  赤煉瓦ネットワークの仲間たちの事例報告では、「合名会社油津赤レンガ館」の保存運動の発表が興味をひきました。大正11年に河野家倉庫として建設された油津赤レンガ館が平成9年に売却話が持ち上がった際、地元の有志31人が合名会社を設立して買い取り、保存活動と油津港地区活性化を目指してきました。平成16年には銀行への返済が終わり、日南市へ寄贈されました。市は平成19年度から改修を行うことを決定しています。民と官が一体となって油津の歴史的な景観を守ろうとする構想が実現しつつある事例と言えます。来年の開催予定地である北九州市門司にあるNPO門司赤煉瓦倶楽部からは、ビール工場跡地にある赤レンガ建物群の保存、有効活用の計画と実施状況が報告されました。今年度の初めには交流館やレストランがオープンし各種のイベントを開催しているそうです。
 日南市のまちづくり団体の事例報告も活発でした。日南市の工業関係企業21社による異業種交流グループの産業活性化活動。城下町飫肥の歴史的価値の保存や地域活性化活動。油津みなと街づくりの各グループの活動。また、10月に第12回全国棚田サミットが開催された日南市酒谷にある坂本棚田の保存活動も報告されました。
 夕方からは、場所を油津赤レンガ館に移して交流会が行われました。谷口義幸日南市長は、太陽と海・緑の山々・歴史と文化のかおる都市を全国に発信し、皆でおもてなしの心で対応していきたいと話されました。日本百選が今年になって4つになったそうです。
 「日本の棚田百選」の坂本棚田、「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財百選」の油津の港物語(堀川運河、杉村金物本店主家・倉庫、チョロ船)、「海水浴場百選」の富士、大堂津海水浴場、「第13回優秀観光地づくり賞総理大臣賞」の城下町飫肥が全国に発信されたことになります。油津赤レンガ館および堀川橋(通称「乙姫橋」)の周辺には、地元の人々によって作られた約70個の竹製の灯篭のろうそくの温かく優しい光が、訪れた人々の心を癒してくれたのではないかと感じ入りました。また、地元の婦人会の人々が心をこめて作られた旨い料理も初めてのものが多く感激し、ついつい美味しい宮崎の焼酎の杯を重ねてしまいました。この二日間で、日南市の人々のクロス・コミュニケーションの対応、スローライフの生活環境、スローフードのおもてなしを一度に実感しました。

JR油津駅、日南市は広島東洋カープのキャンプ地として名前が全国に知れ渡りました。街中にカープの旗がたなびいています。
堀川橋、通称「乙姫橋」。向の神社は吾平(あひらつ)神社、通称「乙姫神社」で神武天皇の最初の后「アヒラツヒメノミコト」が祀られています。「油津(あぶらつ)」の地名の起源と言われています。
堀川運河と飫肥(おび)杉の筏流し。この筏は「弁甲筏(べんこいかだ)」と呼ばれています。堀川運河は飫肥伊東藩第五代藩主伊東祐実(すけざね)が天和3年(1683)から2年4ケ月をかけて完成させました。運河の両岸は石組みで全長は約1Km、川幅は22〜36mあります。
油津赤レンガ館。レンガ造瓦葺3階建で大正11年の建造。内部は左右2室に分かれているが、現在、右側には屋根が無い。出入り口の門構えと、門に続く内部がアーチ状になっているのが特徴。建築面積は133u、レンガは約22万個使用している。
門の内側がアーチ状になっている。
油津赤レンガ館で行われた交流会で挨拶される谷口義幸日南市長。
左の壁に日南市の花「石蕗(つわぶき)」が青い瓶に挿してあります。