赤煉瓦倶楽部・舞鶴

煉瓦を積む職人さんは?

 煉瓦は幕末期や明治のはじめ以降に西洋からはいってきたものですので、それ以前には日本に煉瓦工事というものがありませんでした。建築工事が無いわけですから、当然職人たちもいませんでした。それならば煉瓦の建物を日本で最初に建てようとした時には誰が煉瓦を積んだのでしょう。煉瓦という材料さえもまったく見たことのない日本人たちだけで、きちんとした建物ができあがるとは思えません。ですから、1番始めは外国人たちが実際に積んでみせたことでしょう。それを横で見ていた日本人がやがて仕事を覚えることになります。江戸時代の建築関係者の中から煉瓦を積めそうな人を探すとすると、壁を塗る左官屋さんが一番近い職種でした。その理由は鏝を使えるということと、扱う材料が漆喰や土なので煉瓦を積む目地材料に近く、きっと手慣れているのだろうという2点からでした。明治時代の左官職人の中には、左官屋をずっと続けた人々と、左官屋から煉瓦職工に職業を変更した人たちの2グループがあったようです。これとよく似たことで、同じころ漆塗り職人から西洋建築や船のペンキ職人に変わった人々もいました。大正時代になってからですけれど も、煉瓦職人は関東大震災によってすっかり仕事がなくなってしまいます。煉瓦の建物が建てられなくなったからです。このため彼らは今度はタイル工に転向しました。やはり同じように鏝と左官材料を使う仕事だったからです。現在建築工事で活躍するタイル貼の職人さんも、逆にそのルーツを遡っていきますと、煉瓦工そしてその前は左官職へとたどりつくのです。


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