神崎ホフマン窯保存に対するご意見、メッセージ3
 皆様からたくさんのメッセージをいただき、誠にありがとうございました。心から感謝申し上げます。

 私の舞鶴市のイメージは赤煉瓦倉庫群と煉瓦窯(ホフマン窯)である、近年煉瓦造の建造物が少なくなり、非常な価値のあるものであり、赤煉瓦倉庫群は世間の陽のあたるようになり、他方の明治30年代に建築したホフマン窯が生存悪しの状況にありと聞き、早速存続をし21世紀に残していただき窯のルーツを後世に残していただきたく強くお願いをするものです、大変なご心労、ご負担をおかけしますが頑張って下さい。
  京都府建築士会    三好 祐一郎

 僕たちも同じような状況になり、先ず市に買取要請をしましたが時間的に無理もあり、結局債権者及び債務者と協議し、債務者より通常の売買で買い取りました。その際、出来るだけ多くの人に参加いただこうと、いろいろ考えた末、合名会社を設立し、金融機関より買い取り価格プラス運営資金を全額借り入れ、参加者全員で均等に返済していく方法を選びました。3週間程で31名の賛同を得、一人百万円の負担になりましたが、他のグル-プ等にもイヴェント会場として利用され、文化庁の登録文化財の指定も受けました。
 今後の利用方法を市と共に真剣に考える為、街つくりを考え実行していくNPO法人の設立を準備中です。
 舞鶴には掃いて捨てるほど煉瓦造りの建造物があり、又市の積極的支援に恵まれ過ぎその歴史的存在価値が地元にはわかりづらいのかなとは思います。
 僕は個人的な体験として、家で所有していた煉瓦倉庫が道路の拡張工事に会い、止む無く取り壊したのですが、昔の事ですから大きな鉄の分銅をクレーンで吊り、壁にぶつけるのですが中々壊れず、申し訳ないことをしたという悔やむ思いが今も強く残っています。歴史が残してくれた貴重なプレゼントを舞鶴の知恵と情熱を結集し是非残し、有効に活用して欲しいと思います。
 松井理事長をはじめ馬場事務局長のご奮闘と、舞鶴市民の英知に期待し、赤煉瓦倶楽部・舞鶴の益々のご発展をお祈り申し上げます。
 油津赤レンガ館 共同代表社員 渡邊 眞一郎

 21世紀は"歴史的風格"が町の風格の決め手になります。
  東大生産技術研究所教授 藤森 照信

 ドイツと聞くホフマンさんに申しわけない。
 国の有形文化財・・・云々よりも こと、国際的にも・・・
 保存運動をもっと力を入れて頑張りましょう。
  一市民   岩田 鶴松

 「ホフマン窯」は先人たちが、つくりだしたくらしと文化の象徴です。それは舞鶴のみならず、京都の日本の歴史の証です。
 遺された文化をもつことで、昔のくらし、今のくらしをふり返り、新しい舞鶴・京都・日本らしい地域ができるのではないでしょうか。
 文化は地域に住む人たちの顔です。その顔をこわさないで下さい。
 こともあろうに国の登録有形文化財に指定されるほどの文化財が「競売」の対象にはいるなんてとんでもない話です。国にも協力を訴えて、是非、当地に「ホフマン窯」を保存して下さい。
 赤煉瓦ネットワークに期待します。
 長岡京市  長谷川 昌子

 「神崎ホフマン窯」のこと初めて知りました。
 企業があって造られた物由、企業の都合で壊されても仕方ない様にも思えますが寂しいことですね。
 我地「秩父」でも代表的産業の「秩父セメント」が「秩父・小野田セメント」そして「太平洋セメント」と合併に次ぐ合併で工場も閉鎖され「秩父の顔」が無くなりました。
 「ホフマン窯」はありませんが残せる物でしたら残したい気持ちでいっぱいです。
 そう、こんなこと考えてみました。静岡県三島市(?)の柿田川等にみられる市民トラスト運動みたいなことは考えられないでしょうか。上記は河川敷を市民の募金で買い戻し、湧水を市民サイドで守っています。市民+参加者の募金等でその土地を少しづつでも買い求めることができれば、互いに納得のいく形で守れるのではないでしょうか、そんなことができれば参加したいと思いますが、皆様の努力が大変ですね。
 我地には、これと言った赤レンガもありませんが、近くに深谷・群馬の富岡もあり好きですね、赤レンガ。
  秩父市活性化推進委員   井上 豊

 「昔ここにあったそうだ」と伝えられるのと50年後100年後の人々が実際に舞鶴の神崎で目にするのとインパクトが全然ちがいます。もし取りこわされたら舞鶴の赤れんがを生かしたまちづくりの将来は非常に心細いものになります。
 なんとしても残したいと思います。署名運動もいいのではないでしょうか、まず地元の我々の気持ちが社会的に認められるぐらいまとまらなくては、保存運動は効を奏さないと思います。
 カゲながら応援します、よろしくお願いいたします。
  八島おかみさん会   伊庭 節子

 全国の煉瓦煙突を、愛着をもって調査して参りました小生より、一言お願い申し上げます。
 「神崎コンクリート」のホフマン窯および煉瓦煙突は、今では国家的産業遺産であり、有形文化財であって、舞鶴市にとってはかけがえのない誇るべき建造物であります。
 今まで大勢の関係者・有識者のお蔭をもちまして、ここまで保存されて参りましたことを、私共一同喜びとしておりました。
 どうか、今後どなたの所有物になられましても、この文化財だけは、いつまでも遺していただきますよう、特にお願い申し上げます。
 全国でも著名な角形煉瓦煙突と申しますと、まず北海道三笠市「空地集治監典獄官舎レンガ煙突」をあげることができます。
 明治15年の建造物で現在公園になっており、三笠市が立派に保存しておられます。
 また煉瓦煙突は、一般に高い煙突の場合は断面が円形で、八角形・六角形もありますが、短い煙突は四角形が多いようです。
 現在わが国で最も高い煉瓦煙突は、「炭鉱節」で有名な三井田川の、高さが31.2mある円形煉瓦煙突ですが、これまた、田川市石炭資料館の敷地内に立派に保存されています。
 ところで、舞鶴の煙突は高さが24mあり、高くて角形の煙突としては非常に珍しい存在です。
 現在、常滑市内の「窯のある広場」資料館にある、国の登録有形文化財になっている角形煉瓦煙突は高さが21mで、常滑では最も高くおそらく全国の陶業地でも、角形としては最高だと思います。ただ、広島県内酒造会社の角形煉瓦煙突の中には24mクラスもあるかも知れませんが。
(小生の手持資料には写真はありますが、正確な高さは分かりません)
 このように、煉瓦煙突の愛好家にとつては、舞鶴の煙突は是非とも産業遺産として後世に遺してもらいたい大切な文化財です。
 折角「赤れんがの街・舞鶴」を象徴され、ますますその名が広がっているさ中の舞鶴市!!
 この煙突こそ舞鶴市のシンボルタワーとして、最適だと思われませんか。
 小煙突群も含めて全国どこにもないこの景観を、是非とも大切に保存されますよう願ってやみません。
  煉瓦煙突 愛好家   柿田 富造

 21世紀は19・20世紀の財産を後世に伝える世紀です。
 壊す時代は終わり、守る時代なのです、保存されて当然のものです。我々も力の限り、応援します、協力もします、頑張りましょう!!
  下関近代建築研究所  前村 宏

 富岡市も重要文化財である、旧官営富岡製糸場が民間の所有であり、同じ立場です。
 私は青年会議所の現役時代に、今年で15回目を迎える「ザ・シルクデー」の立ち上げの時から関わっておりますが、参考になるか分かりませんが一言申し述べさせて戴きます。
 たとえ誰が所有者になろうと、市民感情を「大事なもの」という意識を高めれば、存在は守れると思います。
 所有者とそれを取り巻く我々市民がいるとします、行政を仲間に入れて市民の意識を高め、うっかり壊せないようにサンドイッチにする戦略しかないと思います。
 ホフマン窯の重要性をどのように市民にPRしていくかですが、保存と活用に向けての戦術として、「シルクデー」のようなイベントをその廻りで行い市民に対してその重要性を訴え掛ける事こそ今の我々が今出来ることではないでしょうか。
   (社)富岡青年会議所OB  高井 邦明