旧海軍特設防空指揮所跡 


東山防空指揮所跡 入り口



     
 終戦前、米軍の空襲に備え、舞鶴鎮守府が東山の地下に特設防空指揮所を設置した。
 この地下ドームは、幅16.4m、奥行37m、高さ7.7mで、この中は木造2建となっていた。
 地下室のため、停電時に備えて、発電機室が本ドームの西に造られ、ここには、毒ガス攻撃にも備えて空気清浄化装置も設置され、常に空調されていたので、内部は四季を通じて快適であったという。
 1階には送信機室、情報室、砲台指揮室等が、2階には鎮守府長官や参謀が一堂に集まる広い作戦室があり、壁には日本周辺の大地図が描かれ、電球の点滅で敵機の来襲状況が一目でわかるようになっていた。
 防空指揮所には、軍人77人と軍属135人が24時間体制で勤務していた。
 長官や参謀たちは、19年頃には、中舞鶴の鎮守府司令部の建物から東山の東麓の建物に移り、警戒警報が発令されると、この地下指揮所に移り、ここから、舞鶴周辺の槙山、五老岳、空山、中山、愛宕山、博奕岬、倉梯山の7砲台と12の機銃砲台を指揮した。
 この施設は単なる空襲時の避難用のものではなく、常時、情報収集や通信関係の業務を行う地下司令部であった。
 戦後は進駐してきた米軍の命令で破壊することになったが、コンクリートが頑丈で、本体のドームが残った。
 現在のこのドームは残っているが、昭和59年からの東港前島埠頭の埋め立て工事により、山が削られたため、雨水の進入等でドームも崩壊の危機にあると聞く。

   


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