化石漣痕のタイトル

国内最大級のリップルマーク(化石漣痕:かせきれんこん)
 市内岡田由里の採石場に国内最大級の化石漣痕の地層が露頭しています。浅い海底についた波 のあとがそのまま埋もれて固まったもので、これほど広い面積のものは大変珍しく、地質資料としては第一級のものといわれています。第1回はこのリップルマークをご紹介します。
化石漣痕の写真
リップルマーク(化石漣痕)とは?
 浅い海底では砂の表面に漣(さざなみ)の波痕ができ、その上が粘土質の薄い被膜におおわれ ると、波の痕がそのまま地層として残ることがあります。川や湖でもこうした例が見られ、ダムの水が引いて上流側の砂の層が干上がると、できたばかりの漣痕が見られます。漣痕とは砂質や 泥質の堆積物の表面にできた、あたかも畑の畝(うね)を思わせる地形で、峰と谷が規則的に配 列した波状の堆積構造のことです。そして、化石漣痕とは、それが地層中に残されていたものを いいます。固い地層でも粘土の被膜の表面は剥げ易いので、漣痕がはっきりわかることがあり、 現在化石漣痕としては次の3件が国の天然記念物に指定されています。
 徳島県海部郡穴喰町「穴喰浦の化石漣痕」 昭和54年11月26日指定
 高知県土佐清水市「千尋岬の化石漣痕」 昭和28年11月4日指定
 和歌山県西牟婁郡「白浜の化石漣痕」  昭和6年2月20日指定
リップルマークのでき方
 漣痕は、畝の伸びに対してほぼ直角の方向から流れてきた水流や風によって形成されたのもです。水底にできる漣痕には、水流漣痕と波漣痕、水流漣痕と波漣痕の複合である干渉漣痕があります。  
 水流漣痕の峰を横からながめると非対称な形をしており、上流側でゆるやかな傾斜となり下流側で急な傾斜となります。これはゆるやかな斜面に沿って水流によって転動した粒子が水流の影となる裏側に定置することによって、このような非対称的な峰ができるといわれています。また、波漣痕は、振動する水流、すなわち波などによって形成された漣痕で、頂が鋭く幅広い丸い溝を もって対照的な峰を形成しています。このほか風によって形成される風成漣痕(風紋)は、水流のものより頂が低く、ゆるい方の傾斜がより長いという特徴をもっています。
 水流漣痕は、水流の速度によってその形を変えていくことが水路などの実験結果から証明されています。峰を上方からながめたとき、(1)直線状に見えるもの、(2)曲がりのあるもの、(3) 舌(ぜつ)状や三日月状のものなどがあります。このような形態の変化は、流速や水底の深さと関係があり、流速が増すにつれ、あるいは深さを減ずるにつれ(1)→(2)→(3)の変化を するといわれています。また、流速や深さのほかに堆積物の粒径もこれらの形態を決定する大きな役割を果しています。
 一般的に、漣痕は波浪の影響を受けやすい浅い水底で形成されることが多いとされていますが、 最近では5000m以上の深海においても、実際に漣痕が観察されています。
 化石漣痕はそれらの漣痕が化石化して地層の上面に現れたのもで、地層が堆積した当時の水流 の向きや深度などを調べるのに利用されています。最近恐竜などの足跡化石の発見があいついで いますが、この足跡化石も化石漣痕中に見つかることが多いようです。
形態的関係説明図
舞鶴に残るリップルマーク
 晴天に恵まれたある日、岡田由里の採石場を訪れました。事務所で見学をお願いすると大型ト ラックが出入りし危険なので、昼休みになるまで待ってほしいと。なるほど、トラックの往来が 激しく、化石漣痕のある場所はちょうど場内の道路沿いとなり危険です。12時になり、お借りしたヘルメットをかぶり、現場へ向かいました。
 この志高一帯は、古生代末期に造山運動によりいったん陸地になりましたが、約2億4千万年前 (中生代、三畳紀前期)に海が侵入しはじめ、山岳河川の流出する河口域から、さらに、ごく浅 い海となり、その後海が退いて、沿岸の湿地帯に変化していったとされています。
 このリップルマークは幅約20m、高さ20mにわたる地層に全面的に残っています。大部分 は舌状リップルマークといわれる水流により形成されたもので、上方に直線状のリップルマーク もあり、当時の水流の方向を示しています。いずれも斜め右上から左下への方向を示しており、 地層を水平にしてもどしてその方向を求めるとほぼ北から南への水流となります。
 中生代初めというこのように古い時代の地層に、大面積をしめて、しかも良好な状態で残されているリップルマークは他に類例がありません。
上野採石場写真 化石漣痕写真2
 私たちの住む舞鶴は、西日本を北東から南西に貫く「舞鶴帯」という構造体の端に位置しています。古生代の終わり頃、海は北方から次第に陸化しはじめ、海と陸のとの境目となった舞鶴帯は、その後も活発な地形変動により、舞鶴層群、志高層群、荒倉層群、難波江層群、内浦層群など、古生代から新生代にわたる化石が分布する地域となりました。また、日本を代表する北海道や九州の石炭が、約5千万年前にできたのに比べ、志高などの石炭は約2億年前であり、日本最古の石炭層(志高層群)といわれています。そして、この志高層群に、岡田由里の化石漣痕が確認されています。
 また、金剛院の奥に採石場跡がありますが、中生代を代表するアンモナイトの化石や二枚貝の化石のほか、化石漣痕もみつかっています。
参考・引用した文献
 「舞鶴のあゆみ」舞鶴市郷土資料館
 「日本の天然記念物」講談社
 「舞鶴市岡田由里上野採石場のリップルマーク(漣痕)」京都大学名誉教授 中澤圭二
 「ふるさと再発見 どきどきワクワクおもしろアトラス」(社)舞鶴青年会議所

HOME  MENU