赤煉瓦倶楽部・舞鶴

水野信太郎の赤煉瓦小ばなしVol.21
シリーズ「煉瓦と洋画」
1 ヒッチコックのサスペンス『裏窓』


 さあて御立ち会い、お立会い、新たな年の新シリーズの開催だよ。「煉瓦と洋画」と銘打ってはみたものの、この度の出し物「洋画」は洋画でも「油絵」などとはチョット違う。ハリウッドを代表とする欧米諸国でつくられた映画の小咄(こばなし)でゴザーイ。
 さて、トップバッターにはスリルもの、サスペンスものの巨匠アルフレッド・ヒッチコック監督にご登場願いましょう。
 精神異常の殺人鬼『サイコ』や、どうにも始末の悪い『鳥』で知られたヒッチコックの作品ですが、煉瓦の画像をふんだんに見せてくれる映画は『裏窓』1954年です。映画評論家の故・淀川長治先生は「ヒッチコックのどの作品も好きだけど『裏窓』が最高」とおっしゃっています(『淀川長治映画物語』KKベストセラーズ、1996年、P−102より)。
 はらはらドキドキの映画や小説をサスペンスと呼びますが、これは心が宙ぶらりんの状態を言います。ズボンがずり落ちないようにするためのサスペンダーつまりズボン吊りや、吊り橋のサスペンション構造と同じ仲間の言葉なのです。つまり観客の心が、宙に吊り下げられていると言うワケ。ヒッチコックには恐怖ものばかりでなく、ポールニューマンとジュリー・アンドリュ−スが恋人役を演じたスパイものもあったように思います。
 さて、『裏窓』のもともとの英語による題名は『リヤ・ウインドー』という単数型です。ですから裏庭に面した幾つかの窓たちではなく、たった一つ問題の「窓」そのものという意味合いのタイトルでしょう。その部屋でバラバラ殺人事件が起きたのです。しかも、その異変に気付いた主人公はフリーのフォトグラファー(カメラマン)ですが、左足を骨折していて車椅子の生活。その不自由な身体で犯人から命を狙われることになります“見られた”者ではなく“見てしまった”者の恐怖が描かれています。逆に見られる方の問題は、樫野紀元氏の『快適住まいの感性学 文芸作品に読む建築の話』彰国社、1996年という本に「見られる『裏窓』」の指摘P−200があります。
 『裏窓』の原案はウィリアム・アイリッシュによるもので、日本語版は内田庶(ちかし)氏の翻訳で『裏窓の目撃者』国上社、1982年として出版されています。原作では怪我をしている主人公は少年で、協力者の女性は親戚の少女です。アイリッシュの本名はコーネル・ジョージ・ハプリー・ウールリッチです。映画の最後には活字でベースド・オン・ザ・ショート・ストーリー・バイ・コーネル・ウールリッチ、要するにウールリッチの短編小説が元になっていますよ、と明記されています。
アイリッシュの原作には煉瓦の建物という記述は全く見当たりませんでした。それどころか妻殺しの現場となる部屋のすぐ上の階が増築工事中なのです。煉瓦の建物とは考えづらい設定でしょう。病弱な奥さんにとっては騒がしくて良くない環境なのにと、主人公が不審に思ったほどです。ですから煉瓦造の『裏窓』はアイリッシュによるものではなく、まさしくヒッチコック自身の作品だと考えられます。
 そのヒッチコック監督は、『翼よあれがパリの灯だ』で大西洋無着陸単独飛行に成功したリンドバーグ役を演じたジェームズ・スチュアートを主演とし、『上流階級(ハイ・ソサエティー)』のグレース・ケリーを恋人役としました。舞台はニューヨークのアパート群が背中合わせになった裏庭です。ですから煉瓦の積み方は、アメリカ積と呼ばれる独特の積み方で積まれているのが『裏窓』からはっきりと見て取れます。

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