赤煉瓦倶楽部・舞鶴

水野信太郎の赤煉瓦小ばなしVol.8
シリーズ「煉瓦と日本文学」
4、幻の小説『煉瓦の雨』


 いよいよ煉瓦にまつわる明治大正昭和文学の「総集編」で御座います。ここで、今となっては非常に惜しいことをした失敗をお話しせねばなりません。はっきり覚えていませんが恐らく昭和の末年に、私は東京の西部古書会館で『煉瓦の雨』と言う古い小説(小品集だったとおもいます)本を手にしました。その場で立ち読みをしました。その内容は、明治24年10月28日午前6時18分頃に発生した濃尾地震で、倒壊した煉瓦造キリスト教会堂の下敷きになって他界した子供を、残された大人たちが語り合うというものだったと思います。
 当時の私は煉瓦の文化史までは研究対象にするつもりがなかったので、建築技術書だけを買い集めていました。その本が確か7800円というその時の私には高価な値が付けられていたこともあって、ついに買いませんでした。ところが今考えると、とても残念なことをしました。名古屋を舞台とした数少ないシリアス(深刻)な文学作品ですし、それ以上に内陸性地震としては日本で記録されている最大のマグニチュードで知られる濃尾地震の資料でもありますし、それより何より煉瓦がテーマなのですから。
 ですが作者の名さえ覚えていません.文学部の某先生に伺っても、「んん−ん『煉瓦の雨』ねえ、聞いたことあるような気がするけど」とのこと。ながらく不明のままでした。で・す・が、きょう全く偶然に『日本文学年表』市古貞次編、桜楓社、昭和51年6月5日発行を面白半分に開いていて、あった!のです。『煉瓦の雨』沖野岩三郎、黒潮、1918年2月と。すなわち作者は沖野さんという人で大正7年2月に、おそらく黒潮という本に初めて発表されたのです。けれども、やはりその本に再会できるのは、まだまだ先のことでしよう。幻の煉瓦本としておきたいと思います。

 気分を換えて、いま私の手元にある煉瓦関係の文学作品を全部ご披露申し上げましょう。
 まず今東光の『十二階崩壊』中央公論社、昭和53年1月30日は、谷崎潤一郎の“押し掛け秘書”をしていたと自称する著者の文壇回想です。谷崎は関東大震災後、居を関西に移しますので、まさしく浅草十二階の崩壊は今東光が潤一郎宅へ頻繁に出入りすることにもピリオドをうつことになりました。
 その名も『煉瓦塔』柴田宵曲、日本古書通信社、昭和41年9月10日も“近代文学覚え書き”です。鴎外・漱石から岡本綺堂まで一回読み切り風に、短文が集められています。面白いのは本とは別に付録がついている点です。「著者の署名が入る筈のところ、御病気のためそれが出来なくなりました」として著者の自筆原稿を添付しているのです。きっと急遽アイディアを出したのでしよう。私の本には「同一感情」という青インクで書かれたオリジナル原稿が配られています。もうこうなると文学マニア殺しの配慮という感じです。
 青木すみゑ『血を吸うという赤煉瓦』昭和57年9月6日(自費出版か)は、ノンフィクション(史実に基づいた文章)とでも言う分類ができましょうか.信州の安岡製糸工場に義務教育を終えた少女たちが工女として勤めるのですが、「あんな巳子、安岡はなァ、赤煉瓦造りなんだと。赤棟瓦はなァ、工女の血い吸っるから赤くなっているんだと。それで安岡へいったもんは、み−んナ、肺病疾みに患るんだと。」という噂が囁かれます.ちょうど女工哀史・ああ野麦峠の主題を紡彿とさせます。
 それから煉瓦ではないのですが、やはりノンフィクションの川田文子著『赤瓦の家』筑摩書房、1987年1月27日があります。この本には“朝鮮から来た従軍慰安婦”というサブ・タイトルが付けられています。書名である「赤瓦の家」とは、彼女たちが連れてこられた沖縄本島西隣の島にあった慰安所に当たられた2棟の建物なのです。
 加藤和子歌集『煉瓦の家から』沖積舎、昭和55年11年28日は、アララギの流れを汲む作者が主婦・母親として体験した外国生活をうたった歌集です。
   仄かなる香りはわれの知らぬもの古りし煉瓦の家の扉(と)ひらく
   ひたすらに陽へ向く冬の花あわれ煉瓦の家のふかき窓辺に
   Easter-holidayに入りし子らの声ひねもすを古き煉瓦の家に溢るる
窮(きわ)め付きは、櫻井忠温全集第四巻『草に祈る・黒煉瓦の家』櫻井忠温薯、誠文堂、昭和5年11月15日です。この内、黒煉瓦の家は247ページから617ページで京都の官吏・小木(おぎ)という男性が満州(現在の中華人民共和国東北地方)へ3年間の単身赴任をした際の官舎・黒煉瓦の家を舞台にした物語なのです。面白いことには主人公が、このシリーズの第一回目で紹介した夏目漱石の教え子だと言うのです。確かに別の件(くだり)でも同郷人と「・・・何々だぞな、もし。」などと交わす台詞が見えます。最後に漱石の話題の箇所を引用します。
 小木(おぎ)はこヽへ来(く)る時(とき)四五冊の書物を持って来てゐる筈である。小木はふとそれを思ひ出した。鞄を開けてみると、夏目さんの「明暗」が一番先に目についたので手に取った.夏目さんは小木の中學校時分(じぶん)英語の先生であった。薄あばたのある顎の心持張(こころもちは)った人で、どうでもいヽといったやうな、田舎へ来てゐるのも時世時節(ときよじせつ)といった風の先生であった。「坊っちゃん」もこヽから生れたのであり、小木も相当(さうたう)先生にいたづらをして「坊っちゃん」の一頁くらゐは手傳(てつだ)った男であったことなどを思ひ出した。
HOME BACK NEXT