赤煉瓦倶楽部・舞鶴

水野信太郎の赤煉瓦こばなしVol.6

シリーズ「煉瓦と日本文学」
2、女流文学にみる煉瓦生産の現場


 今回は少し艶っぽく(?)傾城(けいせい)文学作品の中から、煉瓦工場の実態を描写している箇所を御紹介いたしましょう。実は今回ここに紹介する二作品で扱われている煉瓦は、建築用の普通赤煉瓦ではありません。いずれも工場の炉など特殊な箇所で使われる、色の白い耐火煉瓦です。その名の通り、高い温度にも耐えることのできる特別製の煉瓦なのです。 
 以下に紹介する文学作品には、女性たちが耐火煉瓦の製造工場内で煉瓦の成形作業に携わっている姿が、詳細に記述されています。女性の仕事とは言っても、女工さんたちがしていた作業は相当に過酷な重労働でした。赤煉瓦以上に耐火煉瓦の成形作業には、大きな力を必要としたようです。その彼女たちを見詰めていた著者たち自身も、実際に煉瓦工場で耐火煉瓦の製造に従事した経験を持つのです。
 最初の『耐火煉瓦』は、中本たか子という女流作家の作品で、昭和13年に出版されました。この長編小説からはプロレタリア文学の影響を色濃く感じます。首都圏の一煉瓦工場を舞台とし、主人公の蓮池しづゑや、ここに勤務する人々の日々の生活をその心の動きをも含めて描き切ろうとした労作です.あとがきで筆者自ら「曾て、私は蓮池しづゑと同じやうに、川崎窯業の女工として、一年足らず働いたことがある。」と記しているだけあって、本文中の描写には煉瓦製造の具体的な工程が数限りなく見て取れます。今や文学作品としてだけでなく、歴史的資料としての価値も高く評価されてよいと思われます。
 次に紹介するのはデビュー当時「天才少女現わる」と評価された野澤富美子の『煉瓦女工』です。この本は同名の代表作を含む短編集ですが、少なくとも昭和15年と22年の2回にわたって出版され、2度とも鈴木信太郎の装幀です。ただし戦前版のみに中表紙があって、2本の高い煙突から黒い煙を吐く町工場のスケッチが描かれているのです。この作品に描写されている煉瓦製造工程の厳しさを、部分的ですが取り上げてみましょう。

 水氣の多い粉はすぐに、すき間なくしまるが、水氣の尠いのは力を入れて何時まで打つてもしまらず、「水を」と監督に頼んでも、水の多い粉は窯に入れてからもろいからとて仲々水を呉れぬ。中には苦しがつて水を呑みに行くふりをして頬をふくらませて歸り、せめて□一杯の水でも山ほどの粉にかきまぜる者もあり、途中で監督に見附かつて呑んでしまつた者もゐる。(中略)女工のは並型と稱する普通の角煉瓦や、煎餅といふ平つたいのや、羊羹と稱する細長く小さいものが主で、まれには丸いのや扇型が出る時もある。槌の柄を胸の邊りにあてがつて、躯中でくにゃくにゃ調子をとって巧みに(後略)
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