赤煉瓦倶楽部・舞鶴

水野信太郎の赤煉瓦小ばなしVol.4  
シリーズ「煉瓦と地震」 
4、世界の地震地帯


 人は好きずき、ものは考えようと申しますが、こと地震に関してはあまり歓迎できません。他の条件がほぼ同じならば、地震多発地帯などは購入しないでしよう。こんな“地震島”に、なにゆえ我らが先祖は住み着いたのかと恨み言のひとつも言いたくなりますが、なにも地震国は日本だけに限ったことではありません。
 広い地球には幾つかの地震地帯がありまして、それらの代表に二つの地震帯をあげることができます。世界地図を広げてみてください。
 その二つとは、@南ヨーロッパからアジアにかけての一帯とA太平洋の縁に沿って輪のように連なる場所です。前者はアルプス・ヒマラヤ火山帯であり、後者は環太平洋火山帯と呼ばれるものです。@は、世界の屋根ヒマラヤとヨーロツパの屋根アルプス山脈が一本に繋がった一帯。Aの外周縁は、太平洋を包むように衝立状の高い山並みが大きなリングを形成していると言うワケです。要するに両方とも山並みが続いている場所なのです。
 ところが高い山並みというのがクセモノなのです。地球ができたとき、表面の皮が薄かった所が冷えるにしたがって皺を寄せ、やがて高い山脈を形成したと説明する人がいます。このメカニズムはミカンの皮がしなびていく過程からもイメージできます。また、もう少し詳しくヒマラヤ山脈の場合は、インドプレートが北上してユーラシア大陸と衝突して形成されたという説もあります。いずれにしても山脈は、皮が薄かったリプレートがぶつかり合ったりしていて、不安定な状態に違いありません.だから地震地帯なのです。
 @のアルプス・ヒマラヤ火山帯における最も著名な異変は、イタリアのウェスウィウス山(ベェスビオ火山)の噴火でしよう.西暦79年8月24日の夜明けでした。この噴火で、有名なポンぺイが都市と人々の生活を凍結した状態で埋め尽くされました。ポンぺイの名さえ忘れ去られ、再び発見されたのは16世紀末の運河工事でしたがその時には放置されたままで、発掘が開始されたのは1748年4月からでした。
 Aの環太平洋火山帯は日本人にも身近です。日本列島全体が、この火山帯に含まれているのです。それだけでなく1960年(昭和35)5月24日に北海道南岸と三陸に到達して死者・行方不明者139名を出したチリ津波の原因、チリ地震があります。この地震だけでなく、チリでは1906年、1922年、1939年、1970年にも大規模な地震が発生しています。
 ポンペイは古代ローマ帝国の一部でしたから当然、煉瓦でつくられた都市でした。ローマ人はアーチの発明者ではありませんが、アーチの技術を完成してアーチ建築の実例を大量に実践した最初の人々でした。
 一方のチリという国は、世界中で最も乾燥した気侯です。チリ北部のアタカマ砂漠は東西30q、南北1000qという広さです.したがってこの国には地震の被害にも関わらず、煉瓦あるいは石を積み上げて築かれた建築があるのです。

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