ガウディの生きた時代は急速な経済的な発展に支えられて、バルセローナ市が物理的にも爆発的に拡張される時代だった。市を取り巻く中世の産物である塁壁は取り除かれ、市街区は拡張され、周辺の町が合併された。しかもそこに造られた建物の大半はれんがでつくられ、時代の勢いはこの何でもない赤茶けた四角いれんがという材料を見事に積み上げ、大理石や彫刻で着飾って豊かな街の表情をつくり出している。この時代の建築を一般にモデルニスモ(Modernisme)と呼んで、アールヌーヴォーと呼応した時代特有のスタイルを生んでいる。
カタルーニャ・ヴォールトを使ったタラサの繊維工場(現在は産業博物館、Lluís Moncunill設計、Fábrica Aymerich y Amat、Terrasa、1908年)
ガウディの弟子ルビオが設計した住宅(現在はレストラン、Joan Rubió設計、El Frare Blanc、Barcelona、1903〜13年)
ガウディが学生の時に設計に参加した教会(Joan Martorell設計、lglesia de Salesas、Barce1ona、1885年)